謝罪するのは誰?いじめ被害者と市教委の考え方に大きな溝・浜松市

 

いじめを訴えても学校側は家庭や本人に原因がある

このいじめ事案の概要は文春の服を胸までたくしあげられ…性的いじめを受けても、学校側は何も対応してくれなかった 被害女性が語る、浜松市いじめ自殺未遂の深層に詳しく書かれていますので、そちらをご覧ください。

いじめ問題で最も悪いのは加害者なのは当然です。

被害者の体や心の傷を付けているわけですから、もしも被害者側にも一定の落ち度があったとしても、あくまで傷を付けた側に非があるのは当然です。

いじめ問題においてはそのほとんどで、言いがかりや難癖をつけて被害者側が逃げられない状態にまで追い込み、その上でさらに言葉や力による暴力や、自身の鬱憤のほか性的欲求を鎮めるための行動に出ることが普通です。

  1. 何となく気に入らない
  2. 「あっちに行け」「近寄るな」などと暴言を吐く
  3. 被害者が素直に応じるので加害者はさらに要求をエスカレートする
  4. 加害者側は「このターゲットには何をしても許される」との感情が芽生える
  5. 被害者側は「無理に抵抗したら仕返しが怖い」との認識から我慢してしまう
  6. あまりにもひどい状態にようやく重い口を開いて教師に打ち明ける
  7. 教師はここまでの過程を無視したような態度で対応する
  8. 被害者側は大人に何を言っても意味がないと思う
  9. やがては命を絶つことまで考える

イジメに関する報道を見ていると、そのほとんどがこのパターンで進んでいきます。

いじめ被害に遭っている生徒側が担任など教師・学校側に相談する時点で、かなり深刻な状況になっていることがほとんど。

なのに教師・学校側は大事にしたくはないとの感情が先走るのか、加害者側に遠慮するのかはわかりませんが、被害者側に「家庭が原因」「本人に理由がある」「単なる遊びだから心配はない」などの言葉で逃げます。

この浜松市の件や旭川市の凍死事件も同じく、学校側に落ち度があるいつものパターンで進行していった気がします。

 

 

第三者委員会が市教委の調査は不適切と指摘

この浜松市の件では、第三者委員会が市教委の調査は不適切だったと指摘し、市教委もいじめ問題を調べるために設置した調査委員会の手法が国のガイドラインから逸脱しており、公平性や中立性が担保されていない状態だったと認めています。

被害者が教員から言われたこととして「いじめの被害を訴え続けると自身に不利益が生じる可能性がある」という趣旨の指導を受けたことが報告書に記載されたほかにも、いじめ被害の真相解明を求める保護者の要請に応じて調査委を発足させたものの、加害者とみられる生徒への聞き取りなど、さらなる調査を進めるには被害者に新たな被害が伴う可能性があるとした文書を保護者に示した上に署名を求めるなどしたため、保護者が不信感を抱いて調査が中断する事態になったことなどが、第三者委員会からの報告書に記載されています。

この報告書の内容を受け、市教委は被害者本人や家族に謝罪する意向を示しています。

しかし、その謝罪をめぐって被害者側と市教委側の意見がぶつかっており、その溝が埋まる気配が今のところないのです。

 

 

謝罪は誰が行うべきで、誰のために行うのか

市教委側は第三者委員会の報告書を受け入れ謝罪する意向を示していますが、謝罪を行うのは現在の教育長だとしています。

一方の被害者側は、家庭が原因とか本人に理由があるという対応を行った中学生当時の学校関係者に謝罪してほしいし、現在の教育長ではなく当時の市教委の関係者や市長に直接謝罪してもらいたいとしています。

 

いじめ被害者側の気持ちとしては、あくまで当時の関係者に謝罪してもらわなければ、いじめに遭った本人の気持ちも収まらないし、新たな人生の第一歩が歩みだせないとしています。

これはいじめの被害に遭って自殺未遂まで起こし、その後も精神的な不調を抱えた子供を持つ私も同意見です。

あの担任がきちんとした対処をしなかったから、ここまで苦しみが続いたのだから、その原因を作った当時の学校側の関係者が直接謝罪するのが当然だろう。

これは被害に遭った本人も、その保護者だってそう思うのが当然です。

 

ただし市教委側の姿勢はかなり強固で、組織の長である現在の教育長が謝罪するという意向は変わらない。

それは担当教諭ら個人ではなく、学校現場や調査体制など市教委の組織自体に問題があったから、その組織の長が謝罪に訪れるのが当然だとしているのです。

これもわからなくはない。

接客態度が悪いとクレームがあり、調べた結果従業員側に非があることが明白な時、その上司などが謝罪へ行くのは当然であって、クレームを受けた従業員を矢面には立たせないという判断をするのは一般的ですから。

 

ただし今回は義務教育である学校の場での出来事で、教師をはじめ学校長などの判断や処理が明らかにおかしかったことは明白。

さらに小学校と中学校は基本的には指定された学校へ登校しなければならないなど、お店などとは違って選択の自由が無い環境です。

ただ気分を害したといった程度の問題ではなく、自殺未遂や精神的な不調など、心身ともに疲弊した状態が長い期間続いています。

そしてすでに卒業したとはいえ、自分が受け持った元生徒が、卒業以降も普通の生活を送ることに苦労しており、その原因を自分が作ったとするならば、ここはやはりその当時の学校関係者が揃って謝罪するべきことだと思います。

 

市長に関しては、私は謝罪に来る来ないはどちらになっても仕方が無いのかなという立場です。

いじめ被害者が小学校入学当時にはすでに浜松市長だったようですが、だからと言って市長にまで謝罪を求めるのはどうなのかなと、個人的には思います。

浜松市長は市教委の外部にいじめの問題について迅速に調査を行う第三者組織を作りたいという意向があるようで、今回の結果をかなり重く受け止めてはいます。

だったら謝罪を兼ねて、今後浜松市ではどのような対策を行うのかを、被害者とその家族に説明するのも良いのかもとは思いますが。

 

現職の教育長が謝罪に訪れるというのは、結局は今回のいじめの件を早期に幕引きを図りたいという意思が見え見えで、いったい誰のために謝罪を行うのかという視点が、被害者に向けてではなく市教委側に向いているようにしか見えません。

いじめでもそうだし、何か犯罪を犯せばその当人が謝罪し罰を受けるのは当然のこと。

だとすれば、教師としての役割を果たせなかった当時の学校関係者が謝罪に訪れるのも当然なのでは、私はそう思います。

 

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