042 卒業して高校から離れ、笑顔が戻ってきた息子

 

 

卒業式の翌日に息子を叱ったこと

高校1年生の3学期の始業式の当日に学校へは行かずに自殺未遂を図った息子の太郎。

そこへ至るまでには相当苦しみに耐え続けたけれど、限界を超えての行動でした。

その後は体育教師でもある水泳部顧問の言動に2度目のいじめを受けて、今度は登校もままならなくなりました。

また私や妻も水泳部顧問の圧力によって相当追い詰められて、家庭内の空気も重くただただ我慢の日々を過ごしました。

でも2年生からは推薦入学の枠を取り払ってもらい、一般入学クラスへ移ったことで息子は表面上では元に戻ったように見えていたことでしょう。

実際には家では学校で我慢しているぶん気分のムラが激しくて、ちょっとした言葉にも激しく反応して激怒したり泣いたりを繰り返していました。

なんとか学校へ行けるようになったことだし

いまは息子にとってトゲとなって刺さるような言葉は控えておこう

そう思って私と妻は、息子に対して投げかけそうになる言葉をぐっと飲みこんできました。

取りあえず卒業するまでは我慢しよう・・・

 

そして卒業の翌日、約2年間我慢してきた言葉を息子に発しました。

高校ではいろいろあったし

それに受験もあったから何も言わなかったけど

最低限の返事くらいはするべきじゃないか!

学校ではクラスメイトや教師たちに対して、かなり無理して接していたと思います。

水泳部顧問に追い詰められて登校すら無理な状態になった2020年1月24日の一件から、5月の末には妻に付き添ってもらいながらでも登校できるようになった。

新型コロナによる休校要請や非常事態宣言によって学校と関わらなくても良い期間が国によって作らられたことは大きかったのですが、それでも廃人のような目つきと顔色をしていた状態から4ヶ月ほどで登校を再開したのですから、相当負担は大きかったと思います。

でも叱らなきゃいけないことって親としてはやっぱりあるし、叱らないことで間違った方向へ行かれるのも困ります。

でも息子の心への負担を考えると、高校在学中に叱ることは逆効果になるかもしれない。

そう思って控えてきたのです。

 

卒業して心の大きな負担となっていた高校という呪縛から解き放たれた今、やっと叱っても良い時が来たのだと思ったから卒業式の翌日に叱ったのです。

 

 

日に日に喋るようになり、久しぶりにえくぼも見せた

叱った日はあまり喋ることはありませんでしたが、翌日からは態度が変わっていきました。

それまでは首を縦または横に振るだけで、声を発したとしても「うん」か「いや」という単語のみで、それも蚊の鳴くような本当に小さな声でほぼ聞き取ることが不可能な言葉。

それが翌日からは少しずつ言葉が増えていき、会話が成立するように。

 

あるクイズバラエティ番組で漢字の読みの問題が出てきたときに

「あの漢字何と読むのだったかな、見たことはあるのだけど」と私が発した言葉に対して息子が

「あれってたしか・・・葉っぱで巻いていて中がお餅で・・・子供の日に食べる・・・」と息子がしゃべります。

「それって『ちまき』のこと?」

息子はスマホで調べて

「うん、ちまきで間違いない」

こんな他愛のない会話ができるようになりました。

ひょっとしたら高校卒業までに叱っていたらもっと早く態度も変わっていたかもと思わなくもありませんが、大きな障害が取り除かれた『いま』だったから効果があったのかもとも思うし。

ただ言えることは、子供の心がいじめなどで傷ついたとき、保護者はただひたすら我慢する必要があるということ。

怒りに任せて学校へ怒鳴り込みに行ったり、相手の保護者へ怒鳴り込んだり、教師を吊し上げたり、弁護士に依頼して学校などと戦闘状態になった時には、心に傷を負った子供には過大な負担となって心の傷がさらに大きくなる、そんな気がします。

だから我慢して卒業の日を待って子供を叱ったことは正解だった・・・ような気がします。

 

ある日朝から妻と他愛もない話をしていた息子ですが、起き抜けなのになかなかご機嫌です。

そのうち笑顔を見せ、そしてほっぺに小さなえくぼを作っていました。

息子が洗面所へ行ったあと妻が私に

「太郎のえくぼなんて何年ぶりに見たかな・・・」

と感慨深げに話しかけてきました。

やっぱり高校の呪縛は大きかったのでしょう。

そりゃそうですよね、自殺まで考えるほどに追い詰められたのはこの高校に通い退学処分となったAと、この高校の教師で水泳部顧問が原因だったのですから。

 

 

制服も教科書も捨て水泳の道具も

高校を卒業した翌日、妻はさっそく高校の制服をゴミ袋に詰めました。

制カバンや通学用の靴に体操服など、高校で使用したものを片っ端からゴミ袋に詰め込んでいきました。

もちろん息子に了解を取ってからです。

教科書や参考書などはすべて荷造り用のひもで縛っていき、高校の形跡を無くしていくかのようでした。

水泳部の水着やジャージにカバンなどは2年生になるときにすべて捨てたのですが、スイミングスクールの水着やカバンにTシャツなどは一応捨てずに置いていたのですが、高校卒業を機にすべて捨て去りました。

 

大学に入学したらひょっとしたら水泳を復活するのではないかと思っていたのですが、息子は水泳のことは何も考えていない。

スマホに水泳選手のケーレブ・ドレッセルの画像があったのは、水泳に対する思いからではなく、あの体つきを目標としていただけのようでした。

何の目標もなく自宅で筋トレをするよりは、何か目標があるほうが続けやすいから。

今はケーレブ・ドレッセルの画像はなくなっています。

 

息子の中では水泳はもう過去のものであり特に何も思っていないようです。

ひょっとしたら水泳復活!となるのかなと思っていましたし、高校の水泳部顧問の鼻をへし折るくらい活躍すれば楽しいのにと思いましたが、これは親の欲のみの話でしたね。

 

とにかく笑顔が戻ってきたこと

そしてえくぼまで見せるようになってきたこと

これだけで十分です。

でもくれぐれも無理はしないでくれ。

心の負担になるようなことを無理してしないでほしい。

そして

自分が思い描いた人生を送ってほしい。。。

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