いじめ等イヤなことがあれば話してほしいと言い続けてきたけど
私は子供たちに対して小学校入学前から
- イヤなことがあったらすぐに言えよ
- いじめられるのは恥ずかしいことじゃない
- いじめる奴の心が貧しいからいじめるんだ
この三点をことあるごとに話し続けてきました。
それも必ず私の失敗談(かなり作り話も多かったのですが)を交えながら話すことで、子どもたちが気軽に話してくれるように伝えてきたつもりでした。
でもいじめられていることやイヤな思いをしたことなどを、子供たちからはこれまでに一度も聞いたことはありませんでした。
兄が水泳の選手コースに入ることを拒否した理由
中学時代から農業の仕事をしたいと言い続け、農業高校を2020年3月に卒業し農業関係の仕事に就いた子供。
このブログの“実録いじめとその後”に登場する太郎の2つ上の兄なのですが、小学校を卒業する直前に通っていたスイミングを辞めました。
小学校卒業を前にした時期に選手コースに誘われていたのですが
「人と競うような水泳はしたくない」
といってスイミング自体を辞めてしまったのです。
たしかに人と競争すると言ったことが苦手で、どちらかというとマイペースでゆっくり事を運ぶことを好む性格だったので、水泳の選手コースに入って泳ぎ続けるのはしんどいのかなとは思っていました。
でも中学校では水泳部へも入り、学校からの試合には出ていました。
また末っ子の太郎が中学校へ入学した年には、兄と兄の同級生二人に末っ子を加えた4人で市の中学総体に出場し基準タイムを突破、県総体にフリーリレーとメドレーリレーの2種目で出場を果たしました。
私はこの時点では特に何も思わなかったのですが、今にして思えば人と競うような水泳をしているのですよね。
この兄が高校生になってからの話です。
私と太郎(この時は中学生)と兄の3人で話をしているときに、太郎が急に驚くような内容を話し始めたのです。
太郎といっしょにスイミングのバスで通学していたのですが、行きのバスで一緒になる中国人の小学生に毎回暴言を吐かれ暴行を加えられていたというのです。
もしかして、それが原因でスイミングを辞めたの?
うん・・・怖かったから・・・
だから小さいときからずっと、イヤなことがあったらすぐに言えよって言い続けてきたのに・・・
これは本当にショックでした。
普段から冗談を言い合う親子関係を築いてきたつもりだったし、いじめに繋がるような暴言があればすぐに言うようにずっと言い続けてきたのに。
嫌なことを言われ続けていることを話すのが恥ずかしかった?
うん、言えんかった・・・
本当は水泳が大好きで、中学校の水泳部引退後の夏休みからは受験勉強の気晴らしにと、小学生時代在籍していたスイミングスクールのマスターズクラス(大人のクラス)に入って泳いでいました。
また高校に入学後は当たり前のように水泳部に入りもしました。
スイミングスクールの選手コースに入る場合一般的には小学生の間で、中学に上がるころから選手コースに入るというのはかなり遅いです。
また兄は選手コースに入ったからといって、それほどの成績は残せなかったとは思います。
でも本当は水泳が大好きだったのに、他人からの心無い言葉や暴行・暴力によって変えざるを得なかったのは悔しかっただろうと思いますし、守ってあげられなかったことも悔しい。
そして事あるごとに子供たちに言い続けてきた
- イヤなことがあったらすぐに言えよ
- いじめられるのは恥ずかしいことじゃない
- いじめる奴の心が貧しいからいじめるんだ
という私の言葉は子供達にはまったく届いていなかったことが、本当に悔しかったです。
言い続ける前に言い方を考えるべきだった
子供たちにずっと言い続けてきたのだから、何かイヤなことやいじめなどを受けておれば必ず話してくれる。
私はそう信じてきたわけですが、その思いは独りよがりな妄想だった。
大丈夫だと思っていた自信も崩れ去ってしまいました。
新学期が始まる直前に必ず重点的にこの三点の話をしていましたから、年に3回は子供たちは同じ話を聞かされているわけです。
でもまったくのムダだったなのかもしれないですね。
実際に兄は何も言ってくれなかったのですから。
子供たちもこんな話を年に3回も聞かされるのはイヤかもしれないなと思い、兄が高校入学時で末っ子の太郎が中学2年生の始業式前を最後に、私はこれらの話は一切しなくなりました。
すると水泳のスポーツ推薦で入学した高校で、末っ子の太郎がいじめに遭って自殺を図る事態になってしまいました。
それも1年生の3学期の始業式の日に。
以前のように始業式の数日前に話していれば、自殺を図るようことはなかったのかもしれない。
だとすると子供たちはイヤだったのかもしれないけど、以前と同じように言い続けておくほうが本当は良かったのだろうか。
そのことを新学期の直前に言っていれば、ひょっとしたら状況は変わっていたのかもしれない。
いや、やっぱりムダだったかもしれない。
でも親として子供たちに一言でいいから言っておけば、ひょっとすると本当に追い詰められたときに思い出してくれていたかもしれない。
太郎は自殺を図ったものの命は助かりました。
駅のトイレで手首を切ったのですが、もしも手首を切るのではなく電車に飛び込んでいたら命は助からなかったでしょう。
だとすると子供はイヤがったかもしれないけど、やはり始業式前に訴えておくほうが良かったのかもとも思う。
子供たちにイヤがられたとしても、親はやっぱりその役割を果たさなければいけなかったのかな。
この記事を書いているのは末っ子の太郎が3年生の3学期を迎え、大学入学の共通テストを終えた時期です。
末っ子の太郎が元同級生と水泳部顧問からいじめを受け続け、自殺を図って以降は「いじめに遭っていれば黙っていないで話してほしい」なんて言えなくなりました。
たまにしんどそうな様子を見せるのですが心の中で、
もういじめに遭ったりはしていないのかな
嫌がらせなども受けていないのかな
水泳部顧問との接触はないのかな
ただそんなことを思うばかりです。
- イヤなことがあったらすぐに言えよ
- いじめられるのは恥ずかしいことじゃない
- いじめる奴の心が貧しいからいじめるんだ
この3つの言葉って、いま思えば上から目線で話しているんですよね。
命令口調だし、子供たちを下に見ている言い方だし。
だいたい言い聞かせているという意識があるのですから、そりゃ子供達には何も伝わってはいなかったでしょう。
何かあれば話してほしい
何があっても、お父さんもお母さんもお前の味方だから
命を懸けて守るから
だからいじめなどイヤなことがあれば話してほしい
こういう風に言うべきだったかもしれない、と後悔しています。
言い換えても結果は同じだったかもしれないけど・・・
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