2-いじめとプレッシャーと幻聴 身近にいても息子の苦しみはわからなかった

 

反抗期なのかと思っていた

一般的に第二次反抗期と呼ばれるものは、体が大人へと変化するとともに心のギャップが大きくなってくる中学生くらいから現れると言われています。

親に反抗的な態度を取ったり、それまではキチンと挨拶をしていた子が無視するような態度を取ったり。

太郎の場合は2019年7月頃から徐々にあまり喋らなくなったように記憶しています。

 

夜スイミングスクールから帰ってきてもほとんどしゃべらない。

当初は私も妻も、スイミングスクールでの練習がかなりきつくなっているのだと思っていました。

日によっては顔を青白くして帰ってくることもあったのですが、スポーツ推薦で入学した高校生だからこれまでにないハードな練習をしているのだと本当に思っていました。

 

そのうちスイミングスクールへ行っていない日でも

「そう」「うん」「いや」

くらいしか喋らなくなっていったので、これは反抗期が到来したのだろう。

ハードなスイミングの練習と反抗期が重なったのだろうし、まあ年頃だししかたがないかなと諦めモードになっていました。

 

そういえば学校から帰ってきたときも喋らない日が徐々に多くなっていったな。

 

こちらが話したことに対してうなずく程度の事しかしなくなり、反抗期が落ち着くまでは放置していようと思ったのです。

 

 

大好きなおかずを拒否するようになった

これも不思議でした。

太郎は肉より魚が好きで、特に刺身に目がありません。

普段はスーパーなどで購入してくるのですが、水泳の試合で自己ベストを更新したときには近くの魚屋さんで魚をさばいてもらって、そこそこの金額を奮発して刺身を食卓に出していました。

 

ところが2019年夏ごろから試合が終わった後に

「いつもの魚屋さんの刺身を食べる?」

と問いかけても

「刺身なんかいらない・・・」

 

たしかに高校1年生になってからは水泳の試合で自己ベストを更新するどころか、はるかに遅いタイムしか出せなくなっていました。

元々自己ベストを更新した時に刺身を買って食卓に出していたのですが、少しは元気を付けてもらい気分転換とエールを込めて刺身を出そうかなと考えたわけですが、頑なに拒否されだしました。

 

 

異常に短くなった入浴時間

わりと長風呂だった息子ですが、2019年秋ごろになるとそれまでの長風呂がウソのように、短時間で上がってくることが多くなりました。

それもお風呂場から

ガラガラドンドン!

何を焦っているんだろうと思うほどの大きな物音を立てて、慌ててお風呂場からリビングへやってくるようになったのです。

 

また脱衣場(洗面台)のドアを開けっぱなしで入浴していることが多く、年頃なのになぜドアを開け放っているのかは理解できずにいました。

このときも

「スイミングの練習がきついから、カラスの行水でサッと出てきて早く寝たいのだろう」

私も妻もそんな風に思っていました。

それにしても、高校1年生の息子がなぜ脱衣場のドアを開けたまま入浴しているのかは不明。

閉めるのを忘れるくらい疲れているのだろうか、としか思い当たらなかったのですが。

 

 

いじめやプレッシャーなどが入り乱れて幻聴が・・・

反抗期なのかなと思っていたろくに返事もしなくなった件は、水泳部顧問や同級生で水泳部員だったAによるいじめが最大の理由でした。

肩痛によってまともに泳ぐことができなくなり、自己ベストの更新どころかベストタイムにはほど遠いタイムしか出せなくなり、そのことが原因で同級生で水泳部員だったAに揶揄からかわれるようになり、その言葉はどんどんエスカレートして息子を全否定する言葉が発せられるようになった。

水泳部顧問はタイムが出ないことへのアドバイスなんて一言もなく、逆に息子より速い選手へは丁寧にアドバイスを送る。

学校内ですれ違った際に挨拶をしても無視される。

2019年7月夏休みに入ってからは現状を打開するために、スイミングでの練習以外に学校での練習にも参加するようになったけど、それでも水泳部顧問は息子を無視し続けた。

少しでも水泳部顧問との接点を生み出そうと思って、私や妻も学校での練習を勧めたのですが結果的には逆効果でした。

 

この頃はそんなに肩の状態が悪いだなんて私も妻も知りませんでしたので、タイムが伸びてこないから大好きな食べ物も欲しいとは思えなくなっていたのかな、そんな風に思っていたのですが。

そりゃ大好きだったお刺身だって、教師と同級生からいじめを受けていたらまったく食べる気がしなくなるのも当然ですよね。

 

さらにスイミングスクールではかなり速い選手が他のスイミングスクールから移籍してくるなどしたため、息子にしてみれば相当プレッシャーを感じていたのでしょう。

後輩たちはどんどん速くなっていくのに、自分は肩が痛くて満足に泳ぐことができずにタイムでも抜かされていく。

そんな後輩たちも練習時に息子に対して

「どうやったら速く泳ぐことができますか」

などと質問してきては息子を追い抜くように泳いでいく。

さらに学校や水泳会場で元同級生Aによる屈辱と軽蔑に満ちた息子を全否定する言葉で追い詰められれば、そりゃ何も食べたくはない、何ものどを通らない状態になってしまいます。

 

そして心はどんどん追い詰められていき、やがてスイミング帰りのガラガラの電車の車内で誰もいないのに誰かに睨まれてにらまれているように感じだし、やがて幻聴までもが聞こえだす。

お前なんて水泳を辞めてしまえ・・・

こんな言葉がガラガラの電車の中で聞こえてきたと言います。

 

事態は好転するどころかさらに太郎の心は追い詰められていき、家のトイレやお風呂に入っている時にまで

水泳なんて辞めてしまえ・・・

全部お前が悪いんだ・・・

と言った幻聴が聞こえてくるようになり、恐怖のために慌ててお風呂から上がってくるようになったのです。

そりゃあ脱衣場のドアだって開け放っておきたくなりますよ。

 

そんな状態の中、2020年1月6日始業式の学校へ行くのが怖くなり、学校とは反対方向への電車に乗って街をさまよい歩き、ある駅に戻ってきてトイレの中に閉じこもっていると聞こえてきた

 

お前なんか死んでしまえ・・・

という幻聴。

 

学校へ行っていじめ加害者の水泳部顧問や同級生で水泳部員Aに会うより、駅のトイレ内で手首を切るという選択のほうが息子にとっては怖くはなかった。

駅の個室トイレ内で手首を切るという選択だったから命は助かりましたが、もしも列車に飛び込むという方法を選択していたら今ごろ息子は・・・

 

 

接し方の正解がまったく見えてこない

毎日子供と接していて、明らかにそれまでとは違う行動を取っていたにもかかわらず、私は子供がいじめやプレッシャー、そして幻聴に悩まされていたことに気付いてあげることができませんでした。

あと一歩踏み込んで

練習がきついの?

体調はどうなの?

学校でイヤなことはないの?

と言ったことをもっと聞くべきだったのかな。

もっとしつこく聞いておれば、いま何が起こっているのかを話してくれたのだろうか。

 

それとも、しつこく聞いてくる私のことを鬱陶しくてイヤな存在だと認識されてしまい、もっと距離を取ろうとしたのだろうか。

するともっと悲惨な結果を招いていたかもしれない。

 

質問ではなくアドバイスのように話すほうが良かったのかな。

練習がきついならば休んでもいいよ

学校がしんどければ休んで家でゆっくりすればいいよ

体調で気になるところがあれば言ってこいよ

息子が自殺を図って2年が過ぎましたが、今でも何が正解だったのかが分かりません。

ただ2年が経過してようやく好きな食べ物を口にするようになりましたし、お風呂も元の長風呂に戻りました。

脱衣場の扉も半開きからようやく完全に閉めるようにはなりました。

そして水泳と決別したことで息子は表面上は少しずつ元の状態に戻っているように見えますが、私や妻のほうがとにかく怖がっています。

もう二度と同じようなことが起こらないようにと見守りつつ、極力普通に接しようとするのですがどうしても怖さが前面に出てしまい、ある種過保護のような振る舞いになってしまいます。

あんなこともあったと笑える日がやってくるまで、悩み続けていく気がします。

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