1-中学時代からの肩痛と部活顧問や元同級生からのいじめ

 

 

スポーツ推薦が決まった県中学総体

私立高校へのスポーツ推薦が決まった県の中学校総体ですが、実はこのときすでに体に異変を感じていたのではないかと思うのです。

県の中学総体の1か月前の試合で、肩が痛いとの理由で初めて棄権したことがありました。

このときはリレーのメンバーにも選ばれていたことから、ひょっとしたら体力を温存するために個人種目を回避してリレーにだけ出るのかなと思っていました。

 

県総体の前には市の中学総体があり、その時には前日から肩が引っ掛かるような感じがあり、泳ぐと痛んできたと言っていました。

 

私は水泳の経験がないために、肩が痛いというのがどの程度のものなのかが分かりません。

泳ぐのが困難なほど痛いのか、無理すれば泳げる程度なのか、泳ぐどころか肩を動かすと痛いくらいなのか。

市総体の試合後に、試合前日に異常を感じていたのならばシップを貼るとかストレッチをしてみるとか、体のケアもしなきゃいけないんじゃないのか?とは言ったのですが。

 

県総体では自己ベストを更新してスポーツ推薦での入学を手繰り寄せたわけですが、この時も息子に笑顔はありませんでした。

素人の私がこのときの息子の泳ぎを見ても、バランスが悪いし無理して泳ごうとしていると感じたほどでした。

この頃にはかなり肩の状態が悪かったのかなと、いじめが発覚した今になってそう思います。

 

 

タイムがまったく伸びない

夏の県中学総体でベストタイムを出して以降、なかなかタイムが伸びませんでした。

それどころか数秒下回る状態が続きました。

 

今でも忘れられないのが、高校入学後に初めて出場した試合でのことです。

この試合は高校の水泳部員としてではなく、スイミングスクールの選手として出場しています。

試合会場へ行く車中では助手席に座っていたのですが、運転しながら見た横顔はあきらかに引きつっていました。

試合前は普段から無口なのですが、この日はいつも以上に分厚い壁を置いているように感じ、試合会場に着くまで話しかけることができませんでした。

その試合の1週間後には高校の水泳部員として初めて臨む試合があり、いろいろと思うことがあったのだろうとは思います。

 

主力の種目(S1)の試合結果はベストタイムを2秒以上も下回る結果に。

試合が終わり車に乗り込んできた息子は、ドアを閉めると大声で泣き始めました。

 

スポーツ推薦で入学するのに、タイムが伸びないというプレッシャーに押しつぶされそうになったのでしょう。

そして1週間後には高校水泳部から出場する試合があり、先輩水泳部員の多くはインターハイや国体に出場しているし、一緒に入学した水泳部の同級生は息子以外の全員がJOや全中に出ています。

その中で中学生にも負けてしまうタイムしか出せない悔しさ。

本当にしんどかったのだと思います。

 

そして翌週の高校水泳部から出場した試合ではさらにタイムが悪くなり、帰りの車中では青白くなった顔の息子の横顔にかける言葉も見つかりませんでした。

 

いじめが発覚する前の2020年1月6日に学校へ行かずに行方不明になったのは、水泳のタイムが伸びないことが原因だったのだろうと思っていました。

いじめが発覚してから息子に聞いたところ、この高校水泳部から出場したときが肩の痛みのピークだったそうです。

本当は泳げる状態ではなかったのでしょう。

そう思うと日ごろからいかに子供の話を聞くか、子供が話してくれる環境を日頃からいかに構築しておくか。

これが本当に大事なのだと、今だからこそ思うのです。

 

 

肩の痛みの程度が理解できなかった

タイムが伸びないことに対して、フォームに関するアドバイスを妻が送り続けていました。

以前からスイミングスクールのコーチに上下動が激しすぎるとの指摘を受けていたこともあり、少し修正してみるほうが良いかもしれないといったアドバイスを素直に聞き入れ、フォームを改善して中学総体ではベストタイムをマークできました。

ところがその後はタイムが伸び悩んだこともあり、少し元のフォームに戻すほうが良いかもと言ったアドバイスを送ったりもしていました。

私はもっとも言ってはいけない、最後は気合で乗り切るしかないなんてことを言ってしまったし。

 

でも本当はフォームや気合の問題ではなく、肩が痛くて泳げる状態ではなかったのでしょう。

 

数回は肩のことを聞いたりしていましたが、それがどの程度の痛みなのか分からなかった。

湿布や塗る痛み止めなどをいろいろと購入はしたのですが、息子はあまり使っていなかったと今は思います。

そんな程度で治る状態ではないと、息子自身が分かっていたからでしょう。

 

気付いてあげられていれば、中学生の間に病院や接骨院に連れて行ったのに。

息子ももう少し肩の痛みのことを言ってくれれば良かったのに。

選手として泳いでおれば故障箇所があるのが当然だし、接骨院などへ通っていない選手はいないなんてことを知ったのはいじめ発覚後で、スイミングスクールのコーチに指摘されてからでした。

無知な親のせいで息子を苦しませてしまったことは、本当に申し訳なく思います。

 

息子自身も肩の痛みは筋力不足などが原因だと思っていたようで、何とか克服しなければと焦りからかYouTubeなどでトレーニングの動画を見ては取り入れて実践していたようですが、そのトレーニングのせいでよけいに肩を痛めたということも言っていました。

 

 

いかに話せる勇気を持つか、いかに聞く力を養うか

いじめられた人の多くは、誰にもその苦しさを打ち明けることができずに心の中に溜め込みます。

実際には無意識のうちにちょっとしたサイン(変調)を出しているのですが、周囲の人がそのサイン(変調)に気付くことは少ないです。

そのうちにいじめられている人は自分で解決しなきゃいけないとか、我慢しなきゃいけないとか、いずれこのいじめも収まるかもしれないとか、あと○年我慢すればこの学校から離れられるとか、どこかに肯定的に捉えてしまう部分が出てきます。

肯定的というよりは仕方がないという気持ちと言うほうがより正確でしょうか。

でも自分での解決はあまりにも難しかったり、我慢も限界を迎えたり、いじめはもう収まらないと諦めてしまったり、あと○年も我慢することなんて無理だと悟ったとき、人によっては自死を選択したり、ある人は反撃を選んだりもしてしまいます。

 

私の息子の場合は高校水泳部顧問による恫喝や圧力などのいじめ、同じ水泳部の元同級生から全てを否定される言動によるいじめによって自死を選択しました。

でも自死へ至る道には肩の痛みによってまともに泳げなかったことも要因としてあります。

肩が痛くてベストには程遠いタイムしか出ないところへ、水泳部顧問と元同級生からのいじめによって逃げ道を奪われていったのです。

 

肩の痛みによって本来の泳ぎができないことも、少しはサイン(変調)を出していたのかもしれませんが、結局は自分で解決・我慢・いずれは良くなるといったことを選んだ。

水泳部顧問や元同級生によるいじめも同様に、自分で解決・我慢・いずれはマシになるといったことを選んだ。

でも自分での解決は難しくなり、我慢も限界に達するなどしたから自死を選択したわけです。

 

結局は

いかに勇気を出して現状を話すことができるか

いかに何を伝えようとしているのかを聞く力を持つか

子も親もそれぞれの勇気と力がどれだけ備わっているのかが、いじめによる悲惨な結果を回避できるポイントになってきます。

 

私の息子の場合、肩が痛いということは何度か伝えてはきていました。

そこにたった一言「泳げないくらい」というワードを含ませておけば親は理解できました。

逆に、普段体の変調を訴えることがない息子が「肩が痛い」というワードを使ってきた時点で、これは相当ひどいのかもしれないということを想像してあげるべきでした。

 

水泳部顧問からの圧力や恫喝それに無視されるということ、元同級生からの口撃など、これらに対するSOS自体は息子からは発信されてはいませんでした。

でも試合後の息子の様子、学校で水泳部のミーティングがあった日の息子の様子など、明らかにいつもとは違うサイン(変調)を出していました。

でもあと一言でいいから

「水泳部顧問こわい」

「(元同級生の)Aの態度が最近ちょっと・・・」

などと付け加えてくれていれば私も気づいてあげれたかもしれません。

またそういう一言がなくても、聞く力を養っておけば察知できたかもしれないと反省しています。

 

この頃までの息子は冗談もどんどん話すし、私もそれに対してどんどん返していました

日頃から会話は多かったのです。

でもいろいろと悩むようになってからは、肝心なことを心に溜め込むようになっていきました。

無口になっていったのは反抗期のせいかも。

本当にそう思っていたのが最大の失敗でした。

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