036 いじめ加害者は自由に生き、いじめ被害者は引きずって生きる

 

 

登校前に無口になっていた理由

2年生の3学期の始業式も無事に学校へ行くことができるなど、ちょうど1年前の1月6日とは正反対なスタートとなりました。

一年前はいじめ加害者のAや水泳部顧問のいじめ・恫喝・暴言・圧力などによって登校するのがめちゃくちゃ怖くて、逃げて身を隠して幻聴が聞こえて死を選んだ・・・

この一年後には学校へ行くことができ、書初めではクラスの友達に半紙を分けてもらうことができるなど、本当に雲泥の差でした。

 

ところが始業式の数日後のことですが、登校のために太郎を朝起こしたものの異様なほど無口で、明らかに落ち着きがないように見えました。

去年とは違ってイイ感じでスタートを切ることができたのに、また戻ってしまったのかなとかなり不安になりました。

この日は激しいまばたきまではしていなかったので、何か心に引っかかることがあるのかなと思いながら、一緒に朝食を食べました。

 

朝食を食べ終わった後に太郎は、通学カバンに体操服が入った巾着袋を入れようとしていました。

原因は体育の授業だ。

体育の授業を誰が受け持つのかが気になっていたのでしょう。

 

2年生の2学期の10月ごろから体育の授業がある日は同じように無口になり、11月に入ると帰宅後も顔面が蒼白になるなど様子がおかしかった。

10月ごろまでは水泳部顧問が体育の担当教師の後ろで、授業の様子を腕組みして一言も発さずに見ていた。

11月になると体育の授業を水泳部顧問が受け持つようになったため、帰宅後も顔面が蒼白で目もうつろな状態だった。

 

学校へ抗議の手紙を送り、3学期からは水泳部顧問が太郎のクラスの体育を受け持たないようにしてもらっているのだが。

その3学期の最初の体育の授業がある日だったのです。

学年部長(学年主任)は体育課へ太郎のクラスの体育の授業を水泳部顧問が受け持たないように要請し、3年になってからも申し送り事項として同様に要請するとは言っていたのですが、太郎にすれば当然不安です。

自分に対して恫喝や暴言を吐き圧力を掛け続けた教師が、まさか2学期から体育の授業を受け持つだなんて思ってもみなかったでしょうから、太郎の心のどこかに学校に対して信用しきれないという気持ちがあったのだと思います。

 

学校から帰ってきた太郎はとても穏やかな顔をしていました。

「誰が体育の授業を受け持ったの?」

「○○先生・・・前のクラス担任・・・」

水泳部顧問とともに太郎に対して、こちらの了解なしにいじめ加害者の退学を阻止すべく無理やり太郎に嘆願書を書かせた教師ではないか!

それでも太郎にすれば、水泳部顧問が授業を受け持つよりははるかに気持ちが楽だったようです。

顔面が蒼白になることも無口になることもなく帰宅しましたからね。

この時の様子を見るだけでも、太郎がいかに水泳部顧問に対して恐怖心を抱いているのかが表れている、そんな気がしました。

 

 

いじめ加害者二人に心をかき乱される

太郎はスポーツ推薦で入学したものの学校の水泳部は辞めました。

ただしスイミングスクールの選手コースには在籍したままです。

高体連(高等学校体育連盟)の試合(県総体やインターハイ)は高校の水泳部に在籍していないと出場できませんが、それ以外の試合には出場することができます。

 

なんとか水泳の試合に復帰出場ができるようになった2020年8月は、中学生の頃の記録に遠く及ばないタイムしか出せませんでした。

そこからしばらく試合に出る機会がありませんでしたが(出場制限のタイムをクリアできていなかったり、コロナのために試合が中止になったり)、12月に久々に出場した試合ではいつ以来になるのか忘れるほど久しぶりに自己ベストを更新。

やっと体力や気力が戻ってきたのかなと思っていたところ、2021年1月の新年最初の試合では12月の自己ベストを大きく下回るタイムに急降下。

その次の試合では12月の自己ベストに100分の1秒差に迫るタイムを出すことができました。

 

自己ベストを大きく下回る結果になった1月の最初の試合には、いじめ加害者Aが参加していた。

それだけではなく、この試合には太郎の学校の水泳部も参加していて、当然ですが試合会場には水泳部顧問もいた。

自己ベストを更新した試合と自己ベストに迫るタイムを出した試合には、いじめ加害者Aは参加していなかったし、学校の水泳部も参加していなかったから水泳部顧問もいなかった。

 

太郎といじめ加害者Aとは参加種目が違っていますが、試合会場ではいじめ加害者Aを目にすることもあるでしょうし、いろいろ気にするところもあるでしょう。

水泳部顧問は部活の顧問というだけではなく試合の役員もしなければいけないことになっているので、水泳部員の待機場所にとどまることなく会場内を動き回ります。

そうなるとどうしたって太郎は水泳部顧問に会ってしまいます。

 

1月の最初の試合後にそれとなく太郎に

「学校の水泳部も参加してたの?」

と聞いてみたのですが

「知らん・・・」

 

目立つユニフォームに目立つ応援幕(応援旗)を掲げているのですから、分からないわけがないのですよ。

試合順序が書かれたプログラムには選手名と所属名も書いてあるわけだし。

こんな状態でタイムが出るわけがありません。

いじめ加害者Aと水泳部顧問がいない試合では、自己ベストを更新または100分の1秒差に迫るタイムが出ているのとは対照的です。

 

1月の3試合目は土曜日に設定されていて、太郎は授業がある日でした。

水泳部に所属しておれば、たとえスイミングスクールから出場する試合であっても公欠となります。

しかし太郎は水泳部員ではありませんし、クラスも一般の進学クラスですから公欠とはなりません。

また種目別の申し込みメンバーを確認すると、太郎が出場予定の二つのレースのうちの一つにいじめ加害者Aがエントリーしているのです。

2019年6月ころから始まったAによるいじめである

専門の種目なのに専門外のやつに負けるクズ

いじめのきっかけとなったレースと同じシチュエーションが再現されているのです。

 

そしてプログラムを確認すると、太郎といじめ加害者Aは同じ組でのレース。

こんな状況でレースに臨んだところでまともに泳げるわけがない。

ただ

なぜ、いじめの加害者に対して被害者が遠慮しなければいけないのだろう

そんな気持ちも私や妻にはありましたが、太郎のことを思えばこのレースは回避するのが賢明だろう、そういう結論に達しました。

 

 

いじめ加害者は自由に生き、いじめ被害者は引きずって生きる

いじめ加害者Aとかぶっているレースは午前中なので、太郎は学校へ行き棄権しました。

もう1レースは午後からで学校から帰宅してからでも間に合う時間。

そこで午前中は学校へ行き、家に帰って昼食を取ってから試合会場へ行き、1レースだけ出場することにしました。

そのレースの結果は、1月最初の試合のタイムをさらに下回るボロボロな状態でした。

 

 

棄権した午前中のレースとは違い、午後からのレースはいじめ加害者は同じ種目にはエントリーしていません。

ところが1つ前の種目にいじめ加害者が出ていたのです。

水泳では待機場所で待機しておき、レースの前になると招集所へ集まります。

太郎は何も言いませんでしたが、招集所でいじめ加害者を見ていることでしょう。

そんな状況ですからボロボロになって当然です。

 

やっぱりいじめ加害者が参加している試合はすべて棄権させたほうが良かったのかも・・・

 

「今日はしんどかったなあ、学校の授業が終わった後のレースはやっぱり厳しいな」

試合会場から出てきた太郎にこう声をかけたのですが、太郎は特に何も答えませんでした。

 

“いじめ加害者Aを見たんじゃないの?”

とはさすがに言えませんでしたが、太郎の表情からは

“いじめ加害者Aがすぐ前にいたんだ・・・”

と物語っているような気がしました。

 

いつもはタイムが悪いとムスッとした顔をして家に入っていくのですが、この日はやけに陽気でした。

歌を歌いながら踊り、まるで上機嫌。

その様子を見た妻は

「無理して作らなくてもいいのに・・・」

と私にボソッと言いました。

 

私や妻に対しては作らずにありのままを出せばいいのにと思いましたが、太郎なりに気を遣ったのでしょうか。

それとも悔しさを通り越してしまい、全く別の感情が沸き上がっていたのかもしれない。

 

太郎はただ好きな水泳を続けてそして試合に出ただけなのに、なぜいじめ加害者Aによって苦しめられなくちゃいけないのだろうか。

心をかき乱されるからレースを欠場したり遠慮したりし、レース後は私や妻に気を遣う。

本当に理不尽ですよ。

いじめ加害者のほうは好き勝手に生活できているのに、いじめ被害者はいつまでも心の傷を引きずって生きていくのだから。

コメント

タイトルとURLをコピーしました