035 いじめが発覚して一年 一向に消えなモヤモヤ感

 

表面上はいつものお正月と同じだけど

我が家の新年は毎年同じパターンで、元旦か二日に妻の実家へ行って新年のあいさつを兼ねてお食事を呼ばれます。

太郎は2日か3日からスイミングで練習が始まるので、独立した太郎の兄たちとの食事会は太郎のスイミングの日程をにらんで決める。

だいたい3日か4日ごろで午前中に練習が終わる日に食事会をしています。

これは我が家での定番のお正月の過ごし方となります。

 

2021年のお正月もいつもの年と変わらないように過ごしました。

ただ違ったのは、2021年の始まりはいじめが発覚してちょうど一年でもあり、私や妻の心の中は晴れ晴れとした状態ではなくモヤモヤ感が充満した年の始まりとなりました。

太郎が内心で何を思っているのかはわかりませんが、私や妻のようにモヤモヤしているようには見えませんでした。

いつもの年のお正月と同じように、妻の実家へ行ってお食事をしてお年玉をもらい、独立した兄たちとニコニコしながら話をして、食事の終わりには子供たちだけの集合写真を撮る。

 

それは昨年(2020年)のお正月も同じでした。

1月3日に独立した兄たちと夕方からお店でお食事をしながら話もしたし、食事が終わった後は店の前で子供たちだけを並べて集合写真も撮りました。

その写真の太郎は笑顔がいっぱいだったのに、その3日後には学校へ登校することなく電車で学校とは反対方向へと向かって街をさまよい歩き、ある駅のトイレ内で手首を切って自殺を図ったのです。

 

形だけはいつもの年と変わらないお正月ですが、2019年以前と昨年2020年では太郎の心の変化は相当な違いがあるでしょうし、昨年までと今年2021年のお正月では私や妻の心の変化も相当なものがあります。

一年前のこの食事会の時の太郎の微妙な違いに気付いてあげていたら、ひょっとしたら太郎はこれほど苦しまずに済んでいたのかもしれない。

これから毎年、私は同じことを思い続けることでしょう。

 

 

去年と今年の1月6日

2021年の3学期始業式は当初1月4日の予定でした。

新型コロナウイルスによって授業時間の確保が必要と考えられていたことから、例年よりも早く設定されていました。

ところが授業時間に関してはある程度のめどが立ったためか、今年(2021年)の3学期始業式は2020年と同じ1月6日に戻されました。

 

昨年2020年1月6日も始業式でした。

しかし息子は学校へは行かずに、学校とは逆方向へ電車で向かった。

ある駅で降りて行くあてもなく数時間街中をさまよい歩き、ICOCAにわずかに残っていた残金で電車に乗って朝下車した駅に戻ってきた。

その駅のトイレに隠れていた息子にはやがて幻聴が聞こえてきた。

 

「お前なんか死んでしまえ」

ペンケースに入っていたハサミで手首を何度も切った。

右手首にはたくさんの傷跡が残る。

そのハサミは私が選んだ本当によく切れるハサミだった。

 

2020年1月9日に水泳部顧問に書かされた書面の後半部分には

1月6日始業式

学校に行くのが怖くて無断で休んだ。そのときは死ぬのが

あまり怖くなくて。午後3時半頃に○○駅のトイレの中ではさみで

手首を切って死のうと思った。切ったときに、血がたくさん出てきたが

イタみもあまり無かった。

このように書いてあった。

 

いじめが発覚した2020年の始業式は1月6日だったから、2021年の始業式が1月4日に早まったのが正直うれしかった。

でも結局は1年前と同じ1月6日に戻されてしまった。

前日のお昼ごろからソワソワしっぱなしになり

大丈夫なのだろうか

いじめ加害者のAは退学になった

太郎は水泳部も辞めた

でもちょうど1年前のことを息子が忘れるわけがない

学校へ行けば水泳部顧問を見かける可能性もある

また怖くなって逃げ出そうと思うのではないか

無事に学校へ行って

無事に帰ってくることはできるのだろうか

そんなことばかり考えました。

 

2021年1月6日

いつもと同じ時間に太郎を起こす。

どことなく顔が引きつっているように見えたけど、それは私がそういう色眼鏡で見ていたからだろうか。

それとも本当に顔が引きつっていたのだろうか。

正直なところ分からない。

でも朝起こしてから家を出るまでの間、口数が極端に少ない気がした。

 

休み明けの学校って誰でも何となく行きたくなかったり、何となくだるいなあって思うこともあるから、口数が少なくなるのは仕方がないのかな。

でも今朝の太郎はやや顔色が悪い。

そしてまばたきの回数が多い。

ただ2020年1月24日に水泳部顧問とテニス部顧問で担任だった教師に、考えや思いとは正反対のことを圧力を掛けられて書かされた以降に頻発した、激しいまばたきや酷いめまい、そして体が硬直するような状態に比べればマシではあった。

太郎の様子を見ているとこちらまで鼓動が激しくなって、ものすごい不安に覆われてくる。

本当に学校へ行かせてもいいのかな。

今日は家にいてもいいのに、そんなことばかりが頭をよぎるし、妻も不安そうに

「気付かれないように離れて後を付けていくほうが良いのかな・・・」

なんて言い出すし。

 

しかし一人でいつも通りの時間に家を出て学校へ向かった太郎。

1年前に登校していないと学校から電話がかかってきたあの時間まで、私も妻も本当に生きた心地がしなかった。

 

 

一年経過しても教師に対するモヤモヤ感が消えない

始業式を終えて無事に帰ってきた太郎。

その顔には笑顔も見られた。

そして1年前とは違い習字道具も持ち帰ってきた。

 

1年前の1月6日はさまよい歩く途中でまっさらの習字道具をどこかに捨てたらしく、一度も使うこともなく戻ってくることもなかった。

そして今年の始業式でも書初めを行うということで、またまっさらな習字道具を買って持たせたのでした。

昨年とは違う商品を購入して持たせたのですが、今年は墨で汚れた習字道具が家に帰ってきました。

 

「(書初め用の)長半紙じゃなくてふつうの半紙がいるんやってん」

「え?ふつうの半紙は持って行ってなかったやろ?どうしたん?」

「いっぱい持ってきていた友達にわけてもらった」

 

昨年の同じ日は学校へ行くのが怖かったし

幻聴で

お前なんか死んでしまえ

とまで聞こえた挙句に手首を切ったのに

今年の同じ日は“友達”にわけてもらった・・・

たったこれだけのことだったけど、ジーンときました。

 

退学となったいじめ加害者Aや水泳部顧問たち以外は、みんな太郎に優しく接してくれていた。

それはいじめの被害に遭っていた前も後も変わらずです。

だから対生徒に対しては、太郎の気持ちに特段の変化はないと思います。

 

1年生と2年生とではクラスの構成が全く違います。

1年生の時は推薦入学した生徒のみのクラスで、スポーツなどの成績をいかに伸ばすかによって大学入学が決まっていくクラスです。

2年生からはふつうに入試をクリアして入学し、この先も勉強を頑張って大学入学を目指すクラスです。

生徒の目標が全く違う方向を向いている両クラスですが、太郎への接し方だけを見た場合には、両クラスの生徒ともに優しいのです。

そして新しいクラスに馴染んでくれたことにホッと胸をなでおろしています。

 

そして対水泳部顧問、対元クラス担任でテニス部顧問に対する太郎の気持ちの変化もまったくないと思います。

そりゃそうですよ。

形式上での謝罪の場は設けられたけど、水泳部顧問や元クラス担任が太郎にまともに謝罪したとは言えない状態です。

特に水泳部顧問はこちらからの質問に対して、すべて自己擁護と言い訳に終始しただけなのですから。

そして2年生になってからも水泳部顧問は体育の授業において、太郎に対して一言も発さずただ腕組みをしてじっと睨みつけるという圧力を発し続けていたのですから。

 

このような教師がいる学校へ通い続けなくてはいけない太郎のことを思うと、どうしたって私や妻の心からモヤモヤ感は消えません。

一年経っても一向にモヤモヤ感は無くなってくれないのです。

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