027 一切謝罪など無くただ疲れただけの謝罪面談後に思った事

 

謝罪された記憶がほぼ無い謝罪面談

2020年3月4日(水)の続き

謝罪面談と言うか、学校側がとりあえずは謝ったという形を作りたかっただけで、実際には自己擁護と言い訳しか発さなかった教師たちとの面談が終わり、会議室から出た私たち三人。

その後を追ってくるように教師たちがついてくる。

会議室から出たところで校長が再び私に謝罪し

「今後のことは私を筆頭に全教員が責任をもって無事に卒業できるようにサポートします」

と言う言葉を発してきたが、私は頭に血が上った状態のままでまともに返事することもできなかった。

 

その際水泳部顧問は私と一瞬目があったものの、私のほうに近づいてくることは無かった。

生徒指導副部長は会議室のドアの前でニコニコしながら突っ立っていたし、クラス担任も私のほうに近づいてくることはなかった。

クラス担任がどのような感想を持っているのかは分からなったけど、生徒指導副部長の気持ちはすぐ理解できた。

やれやれ、面倒なのが片付いた

お前たちが俺に歯向かってきたところで

何も変えられるわけがない

すべては俺の考え通りに物事は進んでいくんだよ

だからニコニコしていたのでしょう。

 

校舎から出てたところで後ろを振り返ると、太郎と妻に対して水泳部顧問が頭を下げているのが目に入った。

でもやっぱり水泳部顧問は私の方には近づきはしなかった。

そのかわりに学年部長や副部長が私の横へきて、深々と頭を下げた。

 

校門から出てきた私たち三人は明らかに疲弊していた。

そして謝罪されたとは三人ともが感じてはいなかった。

駅へ歩いて帰るときに妻が

「生徒指導副部長とバトルしてた時、途中から“おたく”とか“おまえ”って言ってたね」

という言葉に太郎が

「絶対に生徒指導副部長を殴りに行くと思った」

と言ってきた。

本当ならばここで笑うところのはずだが、まだ太郎に笑顔は戻らない。

家に帰ってから妻に聞いたところでは、面談の最中太郎は私の横で青白い顔をして口は真一文字に閉じ、膝の上で手をきつく結んで固まっていたそうだ。

 

そりゃそうだ

まだ謝罪を受け入れられるわけがない。

ただこの面談の後は政府の休校要請によってしばらく登校はしなくてもいい。

意味の無い謝罪面談になることもある程度予想していたのですが、それ以上に学校のことを考える必要がない期間が長く続くほうが良いだろうと思って、この面談を受けただけだ。

太郎にとっては酷だったとは思うが、このまま先延ばしすればこのような面談は4月以降になっていただろう。

そこまで引っ張って事態が好転すれば意味があるけど、この日の教師たちの態度を見ていたら、先延ばししたところで何も変わらないと確信した。

 

私や妻が水泳部顧問に問いただしたかったことの一割も聞くことができず、謝罪の面談は終わった。

生徒指導部副部長と口論になっただけのこの面談にどんな意味があったのか。

水泳部顧問と生徒指導副部長の2人の自己満足なだけの面談であり、私や妻そして太郎にとってはただ疲れと、あきれ果てた気持ちと、バカにする気持ちが増幅しただけで時間の無駄だったとしか思えない。

 

 

冷静になってから考えるとよけいに腹が立ってきた

今回の謝罪面談は

いじめに遭って死を選ぶほどに追い詰められた息子に対して、その後の教師の対応があまりにも酷く、見方によっては教師たちがさらに息子をいじめたともいえる状況だったので、教師の側が息子と私たち保護者に対して謝罪する場として設けられたものです。

たしかに口先で冒頭部分では謝罪の言葉を並べはしていましたが、こちらからの質問に対して教師たちはすべて自己擁護と言い訳だけに終始していました。

その態度に冷静さを失っていた私はただ怒りを表しただけで、適切な返しの質問をすることができませんでした。

 

水泳部顧問は1月10日に我が家へ来たときに、このまま休んでいれば出席日数が足りなくなって進級できなくなる。

あと何日くらい休むと進級ができなくなるのかを調べて伝えると言ったがその答えはどうなっている?

との問いに

もう大丈夫です、進級できますから

通常進級不可となる欠席数は、出席しなければいけない日数の1/3とすることが一般的です。

1・2学期は風邪などで欠席した1~2日だけですので、3学期の大半を欠席しても進級に影響はありません。

そういうことを聞いたのではなく、あと何日休むと進級できなくなるのかを調べて“伝えます”と、約束していたことを果たそうとしない、その態度は教師としていかがなものかと聞いたわけです。

「生徒があなた(水泳部顧問)の指示を忘れて違う行動をしたとき、あなたは生徒を怒らずにいられるのですか?」

冷静でいればこんな風に返していたのですが、冷静さを失っていた私はまともに詰めることができず、ただイライラしていただけでした。

 

これは生徒指導副部長に対しても同様で、例えば繰り返しアポなしで我が家に近づかないでほしいとお願いしたことに対して

そういう風に取られたのでしたら謝ります。私どもはただ早く学校生活に戻れるようにと思ってですね・・・

ですからできるだけ早く水泳部顧問の謝罪を受け入れていただいてですね、少しでも早く学校に戻ってこれるようにと思いまして

少しでも早くお会いして謝罪しようと考えたからです。

これは私どもの誠意です!

このように答えたわけですが、例えば剣道部の顧問として部員に対して指示したことに対して、部員がまったく守ろうともせずに

「これが部員として誠意です」

なんて返答をしたら

「そうか、わかった」

なんて理解は絶対に示しませんよ。

 

冷静になれば生徒指導副部長に対しても同様にたずねることができたでしょう。

そしておそらく両名ともに

「指示・指導しているのだから、それに背けば注意を与えます」

みたいに答えますよ。

 

冷静でいられたら私はこのように発言するのですけどね。

あなたたちは自分の指示は何があっても守らせようとするけど、逆にお願いされたことは平気で無視するのですね

そういった矛盾点に気付けない人たちに生徒を指導する資格なんてありません

教師としてというより人間として欠陥があるにように思います

簡単に言えばただのわがままで、とてもではないけど教師という仕事をしてはいけない生き物ですよ、あなたたちは

 

それと生徒指導副部長が面談の席で

真っ先に動いておりました。水泳部顧問や他の先生方の動きを見ながらですね、動いておりましたよ。

ただ表立っては動いていないように見えたかもしれませんが

ということを言ったわけですが、動き出したのは私が理事長宛に抗議文を郵送してからなのは明白です。

もし本当に真っ先に動いていたと言い張るのならば、水泳部顧問が私や妻そして太郎にいじめ加害者を許し退学は望まないという内容の嘆願書を無理やり、なおかつ圧力を掛けながら書かせたことも知っていることになります。

生徒指導副部長という立場でそんな行動を知っているとすれば、水泳部顧問の一存で勝手に嘆願書を書かせたのではなく、学校側・生徒指導部も知っていて私たちに無理やり書かせたことになります。

つまりは学校全体でいじめ加害者を擁護し、被害者である太郎を追い詰めようとしたことになる。

 

面談の席で本当に冷静にいられたら、もっと生徒指導副部長を追い詰めることができたのですが。

冷静になってゆっくりと考えないと、正しい応答の仕方なんて私には分からなかった。

あとで思い返すたびに悔しさがにじんできます。

 

 

体育科の教師を軽蔑の眼差しで見てしまいそう

この面談に参加していた教師ですが

校長:数学

学年部長:数学

学年副部長:理科(物理)

クラス担任(女子ソフトテニス部顧問)

生徒指導副部長(剣道部顧問)

水泳部顧問

 

クラス担任と水泳部顧問は自身も学生時代には全国大会に出場するほどの選手だったようで、この人たちが顧問を務めるクラブはスポーツ推薦で生徒を集める、言ってみればとにかく学校名が表に出るほどの成績を収めなければいけないクラブです。

また剣道部の顧問である生徒指導副部長は年配の方なので、この方がどのような選手だったのかは知りませんが、剣道部もスポーツ推薦で生徒を集めるクラブの一つです。

 

言い方は悪いのですが、水泳・ソフトテニス・剣道については秀でるものがある方たちなのだと思いますが、教師としてまた人としての資質は完全に欠けている、そんな人たちなのだと面談で強く感じました。

特に自分の過ちは何があっても認めない、しかし生徒(保護者も含む)のミスや過ちそして指摘やお願いは何があっても許さないし聞こうとはしないという態度。

すべては自分が思うがままに事が運ばねばならないし、それを邪魔する人は誰であっても許すことができない。

これまでの人生で自分の意見を曲げる必要がなかったし、自分の思い通りに周囲も動いてくれているから、相手がだれであっても自分の意思がまかり通るし正しいと思っている。

教師ではなくそれぞれがスポーツクラブなどで指導に当たっておれば大して問題はないと思うのです。

 

それに対して数学や物理の教師たちは私が言わんとすることをきちんと理解していたようで、体育科の教師たちのとんちんかんな回答をフォローすることに専念していました。

一般的な科目を受け持つ教師たちは各専門の科目の研鑽だけにとどまらず、生徒指導や保護者対応などもある程度心得ているように感じました。

※良いとか感心したというほどではないのですが、体育科の三教師と比較すると雲泥の差だったので。

とにかく体育科の三教師は大人として生きていく上で必要なものの大部分が欠けているようですし、このような人が教師として学校に存在していること自体が間違いだとしか思えません。

ことの善悪や間違いは素直に認めて謝るという、子供のころに当然躾けられているべきことがらが欠けているのですから。

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