021 教師の前にひとりの人間としてダメな存在ではないのか

 

学校から距離を置けば心は安定する

2020年2月12日(水)

高校の入試や祝日などのため連休明けとなったこの日、太郎はなんとか学校へ行くことができた。

2月8日(土)から2月11日(火・祝)までの間、学校との接触が一切なかったから登校できたのだと思います。

自分が学校へ行くこともなく、教師たちが家を訪ねて来ることもなく、学校からは電話などの連絡もない。

前日はカラオケに連れて行って少しは発散できただろうし

(元々好きなグループの曲は一切歌わなかったけど)

太郎にとっては少しだけだと思うけど、気分転換になったのだと思います。

 

この日の夕方は学校から電話がかかってきた。

相手は校長で水泳部顧問の謝罪についての話だった。

おそらく学園長や理事長に睨まれている状態の校長ですから、できるだけ早く処理をしていかないと今度は怒られるでは済まない・・・と考えているのでしょう。

 

しかし

学校へ行けなくなった原因を作ったのは水泳部顧問だという事がはっきりしている。

まだ学校へ行けない日が多くあるうえ、スイミングスクールへは一切通うことができていない。

太郎の心には全くと言ってよいほど余裕がない状態です。

この状況で水泳部顧問の謝罪を受け入れることは、太郎にとって負担が大きすぎてリスクが高いとしか思えません。

これまでの水泳部顧問からの言動を考えると、顔を合わせることだけでも太郎にとっては負担となる。

早期に水泳部顧問に会わせてしまうと、もう登校どころか学校を辞める方向に向かうのではないかとさえ思います。

私はそのような危惧を覚えることから、まだ水泳部顧問の謝罪を受け入れることは困難であることを校長に伝えて電話を切りました。

 

電話の会話の内容が太郎に知られらないように別室に移動したのですが、家の電話が鳴るということは学校からの電話だと分かってしまいます。

だからだと思いますが、太郎はこの夜はなかなか寝付けなかったようでした。

 

 

教師以前に人間としてダメな存在としか思えない

2020年2月13日(木)

昨夜はなかなか寝付けなかった太郎ですが、この日の朝もかなり早い時間に目を覚ましていたようです。

ほとんど眠れなかったのでしょう。

やはり学校側からの接触があると、どうしても心が落ち着かずに精神的に変調をきたしてしまうようです。

ただこの日はめまいなどを起こすこともなく、体が硬直して歩けなくなるようなことも起こりませんでしたので、登校することができました。

いつものように学校最寄り駅までは妻が付き添い、駅からは同じクラスの水泳部員と一緒に。

 

同じクラスの水泳部員の人たちはわざわざ駅で待っていてくれていたり、バスで学校の近くまで通学しているのに途中のバス停で降りて太郎を待っていてくれたりするのです。

スイミングスクールで朝練がある日には太郎に

「朝練があって俺は付いて行けないゴメン」

って連絡してきてくれたり

「ゴメン1本乗り遅れてしまった」

って連絡してくれる人もいるのです。

 

逆に太郎が登校できなかった日は

「ゴメン、今日も学校へ行けんかった」

って送ったりもしています。

そのたびに

「気にせんでいいよ、また明日これそうやったら同じ時間で待ってるから」

幼稚園で同じクラスだったT君だけではなく、ほかの水泳部の人たちも本当に気を遣ってくれているのが分かります。

本当にありがたいことです。

水泳部顧問とはホントに真逆で良い人たちだと思います。

 

このあと何カ月か経過してから耳に入ってきたのですが、水泳部顧問は太郎と同じクラスの男子水泳部員に対して滅茶苦茶に当たりが強い、他の学年や同じクラスの女子水泳部員とは接し方がまるっきり違うらしい。

なぜお前らはいじめに気付いてやれんかったんや!

今回の件はお前たちにも責任がある!

水泳部顧問は太郎と同じクラスの男子水泳部員にこのようなことを言っていたと聞きましたし、他の水泳部員に対する口調とはまったく違うと言うのです。

水泳の試合でのタイムのことや練習内容も、他の部員とは全く違う高いレベルを指示されたり要求されるとも聞きました。

これらはいじめが発覚してすぐからのことではなく、私が理事長・学園長あてに抗議の手紙を送って以降のこと。

これって学園長に合宿先の山口県から呼び戻され、進退伺を書かされたり水泳部の廃部を視野に入れたうえで強く叱責されたことに対する、太郎と同じクラスの男子水泳部員に対する逆恨みとしか思えません。

水泳部顧問が学園長に呼び戻されたのは、いじめ被害者の太郎のことを一切考えずに、加害者の擁護に懸命になったから。

いじめの案件ではなく、いじめ発覚後の水泳部顧問の対応があまりにも酷かったからにすぎません。

それなのにいじめに気付いてあげられなかった同級生たちに非があると、まるで自分は何も悪くはないと言わんばかりの水泳部顧問の言動は、やはり自己保身の塊りから出ているものなんだろうと思います。

 

そして水泳部顧問自身が太郎に対しての言動については反省など全くしておらず、さらに太郎に対しても何らかの恨みの感情を抱いているのではないか。

 

やっぱり子供のころから水泳で良い成績を収めてきたことで周囲からちやほやされ続け、自分の考えはすべて正しく、すべて自分の思い通りになる、そんな思考回路のまま年齢だけ大人になった教師だという証明だろうと思います。

この水泳部顧問の対応がダメなだけではなく、この水泳部顧問の存在自体がダメなのではないか。

私はそんな気がしています。

 

 

水泳部顧問の姿を見ると心が拒否反応を示す

2020年2月13日(木)の続き

 

学校へは登校できたものの、2時間目から保健室へ行った太郎。

いつもは自宅を出てすぐに起こる目まいなどの症状が、学校の教室で起こったというのです。

授業中にクラクラして気持ち悪くなり、座っておくことも難しくなったので保健室へ行った。

 

しばらく横になっていたものの一向に改善する見込みもなさそうだったので、4時間目に早退することになりました。

すぐに迎えに行ったのですがすでに学校を出た後だったので、学校最寄り駅で太郎に合流して一緒に帰ってきました。

学校もそんな状態ならば、迎えに行くまで留め置いてくれていればいいのに・・・

 

まだ食べていなかったお弁当を家で食べたのですが、その食べっぷりを見ているとさっきまで保健室にいた人物と同一だとは思えないほど。

学校から自分のテリトリーに戻ってこれれば、これだけ元気を取り戻せるわけです。

今の太郎にとって学校は、傷付いた自分の心に塩を擦りつけてくる存在になっているのかも。

そして我が家はその傷付いた心に絆創膏を貼る役目を持っている場所になっているのかも、そんな風に思いました。

 

心の傷へ塩を擦りつけられれば痛くて我慢できない。

その痛さが分かっているから、傷付いた心は学校へは行きたくないと拒否反応を起こす。

でも頭では学校へ行かなくちゃいけない!という指令を出し続けるために、めまいや体が硬直化して歩けず倒れそうになる症状を引き起こしている。

でも家は自分のテトトリーだから、心の傷に絆創膏を貼ってくれる場所。

残念ながら心の傷を治す薬にはなっていないのだが、とりあえずは痛まないようにカバーの役割である絆創膏だけは貼ってくれる場所になっていると思うのです。

 

この日、太郎から少し気になることを聞きました。

保健室で横になっているときに、水泳部顧問が何かの用事で入ってきた。

目は合ったそうなのですが会話どころかお互いに一言も発さずだったということを、家に帰ってきてから何度も何度も口にする太郎。

怖かったとか、イヤだったといった気持ちに関する発言は一切なく、ただ何度も水泳部顧問を保健室で見かけてしまったと。

たぶん心が発信しているSOSを、太郎が口に出して伝えようとしていたのでしょう。

心が水泳部顧問を受け付けられないんだ

心が拒否反応を示しているんだ

本当はそう伝えたかったのでしょう。

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