018 謝罪相手を呼び捨てにしている謝罪文を読んで私は

 

子供も私たちも心がざわつく

2020年2月5日(水)

朝起きてきた太郎の様子が何だかおかしい。

視点が全く定まっていないし、受け答えもままならない状態。

昨夜同級生T君の母から、Aとその家族が謝罪したくて我が家の近くまで来ているということを聞き、妻が早く終われせるほうが良いからとその謝罪を受け入れようとすると、太郎は全身を硬直させ震えながら過呼吸の状態に陥ったのですが、まだその影響が抜けきっていないのでしょう。

無理をして登校させるべきではないと思い、学校を休ませました。

 

学校へ欠席の電話を入れた際に

「こちらから学校へ出向きますので、そちらからは来ないでほしい」

と、我が家に近づくことをお断りしました。

これは私の考えなのですが、Aとその家族からの連絡の前に、夕方に数人の教師が家の近くまで来ていたこともひょっとしたら原因かもしれない、そう思ったからです。

 

 

この日は整体院の予約を夕方に入れていたことから、太郎は一人で出かけました。

私が付いて行こうとすると太郎が拒否したからです。

朝は受け答えがまともにできない状態だったのに、夕方になると一人でふつうに外出することもできる。

精神的な病って厄介で恐ろしいです。

 

整体院へ行った太郎が1時間半を過ぎても帰ってこない。

私や妻も心に大きな傷を負っており、太郎がなかなか帰ってこないとなると心がザワザワして落ち着きません。

そのために私が整体院へ太郎の様子を見に行ったのですが、整体院の前に着いた時にちょうど太郎が出てきました。

「肩に鍼をしていて遅くなった」

何も無ければそれでいいのですけど、私も妻も心がすぐザワついてしまうようになっています。

 

 

2人で家に向かって歩いていると、我が家のすぐ近くで校長や学年部長(学年主任)ら3人が立っていました。

「昨日は断られましたけども、やはりこちらから出向いて謝罪するのが筋なので」

心の中で、今朝我が家のほうへ来ないでほしいと連絡を入れたのにと思いながら、とにかく太郎は家に帰らせて、私と校長たち3人とで話し合うために近くの喫茶店へ行きました。

 

 

教師たちの目的は謝罪ではなく・・・

喫茶店へ4人で入り、席に着いたとたんに

「このたびは私どもの対応の不手際やあまりに無礼な行動によって、太郎君やご家族の皆様にご心労をおかけしましたことをお詫びいたします」

3人のスーツを着た男性が、超カジュアルな格好をしている私の前に並んで立ち、喫茶店の中で深々と頭を下げながら謝罪されました。

いま謝罪されたところでどうにもならないのですが、学校側からかなりプレッシャーを背負わされているのでしょう。

 

「今日も学校を休まれていたので、やはり責任の大きさを痛感いたしまして・・・ご自宅の方へはあまり近付かないようにと伺ってはおりますが、そこはやはり断られようがお許しいただけるまで出向くべきであると、学園長の方からも厳しく言われておりますので・・・」

彼らなりの謝罪なのかもしれませんが

上司に言われたから来ているのであって、おそらくは太郎や私たち夫婦から許すという言葉を得るまではこういうことが続くのだろう。

そんなふうにしか捉えることなんてできません。

ただ昨今の学校内でのいじめ事案では学校側は最後まで非を認めることなく、いじめ被害者とその家族をとことん苦しめえいくことを考えればまだマシではあるのですが。

 

 

「2月3日の夜に水泳部顧問から電話があり、私のことがイヤならば〇〇高校(姉妹校)へ移っても良いと言われていましたが、水泳部顧問の独断でそんなことまで決められるのですか?」

と私から校長先生たちに話を投げかけてみたのですが

「え?そんなことを言っていましたか・・・」

と3人そろって驚いたような顔をしたあと、校長はゆっくりと首を横に振りました。

そして

「彼なりに必死なのかもしれませんが・・・」

と学年部長は詰まりながら私に答えました。

 

「必死ですか・・・しかし・・・

学校から出場する試合において、レース前後に水泳部顧問のもとへ行っても、T君にはきちんとしたアドバイスなどがあるが、太郎には『あっ、そう』『こんど頑張って』など数秒しか話をしなかったり、学校内でも他の部員には返事をするが、太郎が『おはようございます』などと挨拶をしても無視されると言うのです。あからさまに他の生徒と太郎とでは接し方に違いがあり、こういったことも今回の件につながっていると思います」

と太郎から1月30日に聞いた水泳部顧問の太郎への接し方について話しました。

教師たちは異口同音に

「太郎君はいつも我々とすれ違う時には『おはようございます』『こんにちは』とハッキリとした口調で挨拶をしてくれます。なので聞こえないと言ったこともないはずなのですが・・・」

とやや困惑した表情を見せながら話しました。

 

この後も水泳部顧問の話や、いじめ加害者Aの父親が暴走した話を聞いたりもしましたが、来られていた教師たちは社会・数学・理科の教師ですので、どうしても太郎の成績の話に。

「どちらの大学への進学をお考えなのですか?」

と言ったことも聞かれたのですが、まだ私の心の中では太郎がこの先学校へ行くことができるのか、やはり学校を辞めて通信制に行き直すのかといった、全然先が見えない状態ですので

「まだ何も・・・学校に復帰できるのかどうかも分かりませんから」

と答えるしかなかった。

 

喫茶店には1時間ほどいたのですが、その帰り際に

「これを水泳部顧問から預かってきました、申し訳ないですが受け取ってください」

と私たち夫婦宛と太郎宛ての2通の手紙を受け取りました。

 

校長や学年部長ら教師3人は

「太郎君の父親にお会いすることができました」

と意気揚々に上司たちに報告するのでしょうね。

今日の目的は太郎の保護者に会うことが目的で、少しでも太郎の保護者が怒りを和らげるためのものでしょうから。

 

 

謝罪相手の名前をすべて敬称無しの呼び捨てで書いてある謝罪文

家に帰ると夕食も取らずに家族が私の帰りを待っていました。

「けっこう長かったね、何の話をしてたの?」

「ほぼほぼ謝罪ばっかりだった、あとはいじめ加害者のAの話とか」

本当は水泳部顧問の話のほうが多かったけど、太郎の前では話さないほうが良いと思ったのでこう答えました。

 

「校長が話していたけど、Aの父親は教師たちの前でかなり暴れて警察沙汰になったと言っていたよ」

妻も理事長からの電話で知っていた話ですが、太郎には聞かせていません。

もちろん理事長から電話がかかってきたことも太郎には話してはいません。

なので今日はじめて校長から聞いたようなふりをして喋りました。

 

「Aの父親が暴れたって、それは退学処分が決まったからとか?」

と妻は知っているのに同じように知らないふりをして聞いてきたので

「たぶん退学になったんじゃないのかな。その処分に対して気に入らなくて暴れたのかもなぁ」

 

太郎はかなり神妙な面持ちで私と妻の会話を聞いていました。

 

太郎がお風呂に入っているときに

「水泳部顧問が保護者宛と太郎宛ての手紙を書いたらしくて、校長に手渡されたんだ」

と妻に2通の手紙を見せました。

「これ太郎に見せるの?」

そう聞かれた私はもちろん

「太郎には見せないよ。今こんなものを見せたら、太郎は絶対に精神状態がおかしくなるから」

そして妻は

「私も見たくはない。死を選んだ太郎に対して『たった一度の事やろ』と言い放った人間の文章なんて見る気もしない」

そういうので2通の手紙の封を開けることもなく、またカバンにしまい込みました。

 

 

未明に目が覚めてしまった私は、カバンにしまった手紙を取り出し一人で目を通しました。

太郎宛ての手紙どころか私たち夫婦宛の手紙にもすべて

「太郎」

と呼び捨てで書かれていました。

 

水泳に限らず他のスポーツでも、コーチや監督が選手を呼ぶときってほとんどは呼び捨てです。

それも苗字ではなく名前を。

練習中や試合の最中のほか、学校内でもある程度信頼関係ができているのであれば名前を呼び捨てでも別に良いと思うのですよ。

「太郎!」

と信頼関係ができているコーチや監督が呼び捨てで呼んでいるのを目撃しても、私は別に違和感は感じません。

 

ただ今回の手紙は謝罪の文章が書かれているハズです。

謝罪の文章の冒頭から

「太郎のことを・・・」

「太郎に対して・・・」

と呼び捨てで書いているのにはさすがに違和感を感じました。

 

これまでの水泳部顧問やクラス担任からの電話でも、太郎のことを「くん」付けで呼んだことは一度もありません。

学校内で水泳部顧問やクラス担任が太郎のことを呼ぶときに「太郎!」と呼ぶのはまだ許せても、親の前であったり電話口で呼び捨てにするのはふつうの事ではありません。

ましてや今回は謝罪文のハズです。

謝罪文で迷惑をかけた相手のことを呼び捨てで記すというのは、さすがに尋常ではないですよ。

この文章を書いたのが高校の『教師』なのです。

 

たったそれだけ?

呼び捨ての何がいけないの?

 

そう思う方もいるかもしれませんが、迷惑をかけた相手のことを呼び捨てで呼ぶ・書くことってあり得ますか?

迷惑を掛けられた相手から謝罪だと言って呼び捨てで呼ばれるなんて、そんなこと許せるはずがないじゃないですか。

子供なのだから、生徒なのだから という言い訳は通用しません。

体育とはいえ『教師』なのですから、それくらいの常識は持っていて当然です。

 

スポーツを指導するのも良いでしょう。

でもその前に人間として恥ずかしくないように教え導くのが『教師』の仕事です。

水泳だけを教えるのであればそれは『教師』ではなく単なるインストラクターです。

インストラクターであっても生徒との信頼関係が出来上がっておれば名前を呼び捨てでも良いでしょう。

でも信頼関係なんて微塵もないのに、いかにも信頼し合っているような雰囲気を勝手に出して名前を呼び捨てにされることは、私はどうしても許せません。

 

だから謝罪文らしき文章を読んで、私はよけいに怒り狂いそうになったのです。

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