031 登校再開も母が付き添っていたことに対する問題教師の発言

 

緊急事態宣言解除

2020年5月21日、京都・大阪・兵庫に発出されていた緊急事態宣言が解除され、翌週から各学年ごとに週に1回の登校が再開されました。

太郎の学年は5月28日が再開後最初の登校日で時差通学ということで10時登校。

いつもより早く目が覚めたのは太郎だけではなく、私や妻も同じでした。

また1月や2月のころのように、玄関を出たところで強いめまいに襲われ体が固まり、そのまま倒れそうになったりしないかな。

学校へなんとか行けたとしても保健室に直行し、学校へ迎えに行かなきゃいけなくなるのでは。

そんな不安が私や妻の頭をよぎります。

 

ただスポーツ推薦の枠が外れて一般入試で入学した生徒と同じ扱いになったことで、2年生からは一般のクラスに替わっています。

3月に教科書の購入のために登校した時は、推薦入学のクラスから外れたことで気が楽になったとのか、意外と元気そうに学校から帰ってくることもできました。

しかしその反面、一般クラスの生徒や担任はWEB上でしか知らない人たちで、実際に会って話をしたことがありません。

※1名だけ太郎と同じように推薦入学のクラスから一般入学クラスに替わってきた生徒がいますが、その人は勉強も相当できるからという理由で替わってきたので、太郎とは立場が全く違います。

誰一人知らないクラスへ入っていくことができるのか、その点が本当に心配でした。

 

 

帰宅時の顔つきが1年生の時とは全く違っていた

登校時は妻が学校のすぐそばまで付き添っていきました。

家から駅まで、電車の中、そして学校最寄駅から学校のすぐそばまで、妻は太郎との距離をほどよい程度に保ちながら歩いていきました。

送り届けて帰ってきた妻によると

「電車の中で空いていたので座っていたけど目を強く閉じていたよ。でも足取りはしっかりしていて、1年生の時のようにフラフラした感じはなかった」

何せ1年生の後半は学校へ行こうとしても行くことができないほど、起立性調節障害による強いめまいや体の硬直に襲われていたのです。

そしてスポーツ推薦から一般入学へとチェンジしたことで、生徒も教師も勉強の進め方もすべてが変わるのです。

そりゃあいろいろなことを考えるでしょうから、電車の中で目を閉じていたのは自然なことでしょう。

 

太郎が通う高校は、スポーツ推薦で入学した生徒は3年間同じクラスで過ごします。

一般入学の生徒も基本的には3年間同じクラスで過ごすのですが、成績によって在籍するクラスが替わります。

太郎が在籍することになったクラスは、一般入学の生徒の中では最もレベルの低いクラスです。

それでも1年間推薦入学のクラスで過ごしたことで、一般入学のクラスの中で最もレベルの低いクラスであっても勉強への不安が付きまといます。

推薦入学のクラスはスポーツなど推薦された分野で頑張っておればそれでよく勉強は二の次でしたから、1年間の格差がどの程度影響するのかも心配でしたから。

 

2年生の登校初日なので書類の配布と回収などホームルームのみだったようです。

10時に登校して12時15分には下校でしたから実質2時間だけ。

1時すぎに帰宅した太郎の顔は、1年生の時とはまったく違ってニコニコしていました。

 

中学生のころまでは毎日こんな顔をして家に帰ってきたよな・・・

 

懐かしさと、喜びと、悔しさと、憎しみが入り混じる複雑な心境になり、その顔を見たとき涙がこぼれそうになりました。

 

 

わざわざ付いてきていらしたのですか?

5月28日の登校日、太郎の付き添いから家に帰ってきた妻はこのようなことも言っていました。

 

「駅から学校までの要所要所に先生が立っていたのだけど、駅を出てすぐのところに水泳部顧問らしき人がいたわ。顔を合わせないように改札から出たけど、なぜ問題を起こした先生がごく当たり前のように見張りをしているのかな。駅を出てすぐにあの先生を見たらゾッとする・・・」

 

水泳部顧問が生徒指導副部長になっていたことを知ったのは、たしか夏休みに入ったころだったかな。

なのでこの時水泳部顧問が生徒指導部入りしただなんてことは私も妻も知らないことで、学校のHPが更新されてようやく知ったという感じでした。

前生徒指導副部長で系列の高校へ異動となった剣道部顧問なんて、剣道関係の掲示板に書かれていることを見て知ったほどでしたし。

なのでこの時点で駅を出てすぐのところに水泳部顧問がいることに、かなり強い違和感を感じたのです。

何食わぬ顔をして先生面して立っていたことに。

 

 

次の2年生の登校日は6月4日で登校時間は9時40分。

クラスごとに登校時間を少しずつずらすことで、密を回避する狙いからです。

そして5月28日と同様に妻が付き添いとして行きました。

学校最寄駅の改札の真ん前に水泳部顧問が立っていました。

妻は太郎とある程度の距離を取って歩いていたためか、太郎は何事もなかったかのように改札を出て学校へ向かいました。

おそらく水泳部顧問の存在に気が付かなかったのかな。

頭の中は新クラスのことでいっぱいだっただろうし、周りを見る余裕もなかったと思うし。

 

妻は水泳部顧問と目が合ってしまったようです。

そして水泳部顧問の言葉に怒りが込み上げてきたのです。

 

「わざわざ付いてきていらしたのですか?」

 

誰のせいで高校生にもなる息子の登校に付き添いをしなければいけない状態になったのだ?

太郎の意思とは真逆の「いじめ加害者を許します」と書面に書くよう圧力を掛け、学校へ行けない状態にしたためだろ。

 

「ZOOMで太郎くんの様子は見ています」

「スイミングスクールへも連絡しています」

 

続けてこのようなことを妻に話しかけたようですが、スイミングスクールへ連絡はするものの、例えば水泳部を退部するにあたって水泳部のLINEグループやTeamsから外すことのほか、退部せざるを得ない状態にしたことへの詫びとか連絡を一切こちらにはしてこないのだな。

スポーツ推薦での入学を持ち掛けてきたのはお前で、水泳部にいられない状態にしたのもお前だ。

お前はそのことに対して一切責任を感じていないのか?

推薦の枠を埋めるためだけに太郎を呼んだのに、肝心の速いスイマーを退学処分で失ったから太郎なんてもうどうでもよいと思っているからか?

舐めるのもたいがいにしろよ!

 

6月1日から本格的に復帰したスイミングスクールへは、行きも帰りも付き添っているんだよ。

とくに帰りなんて電車内で幻聴が聞こえるなど自殺行為に至る原因の一つでもあったから、“わざわざ”付いて帰っているんだよ。

その幻聴だって退学になったAや水泳部顧問の言動や圧力によって、どんどん追い詰められた結果

「お前なんて水泳を辞めてしまえ」

と聞こえるようになったのだ。

014 幻聴が聞こえるほど追い詰められていた
自己保身に懸命ないじめ加害者の教師たち 2020年1月30日(木) 太郎と私たち夫婦は高校へ行き、学年部長(学年主任)らと話し合いを行いました。 そしてその日の夕方、私は太郎と二人っきりで話をしました。 ...

 

すべてはお前がやらかしたことで太郎も私も妻も精神的に追い詰められて、この1年間の記憶は怒りと憎しみしか残っていない、そんな1年にされたんだ。

3月4日の謝罪の席から3か月が経過して、いったいお前は太郎にどのようなサポートをしてきたのだ?

お前は卒業までしっかりサポートをするから嘆願書を書けと迫ってきた。

私も妻もお前の圧力に恐怖を感じ、言われるがまま嘆願書を書いたぞ。

春休み中に電話でもしてきて退部に至ったことに関する謝罪のほか、今後の学校生活において教師としてどのように太郎に接してサポートをしていくということを伝えてくるのが、自殺未遂を引き起こした責任を持つ教師としての当然の仕事だろ!

なのに

「わざわざ付いてきていらしたのですか?」

 

私も妻も強い憤りと恨みの感情を持ったのですが、太郎がなんとか学校やスイミングスクールへ行けるようになったばかりだし、今はグッとこらえて太郎を見守ろう。

この先ずっとモヤモヤした感情を持ち続けながらも、まずは太郎が学校へふつうに通えるように支えることばかりに集中しました。

こんなクソな水泳部顧問なんて相手しないでおこう。

でもいつ感情が爆発するかは分からないぞ、わかっているか?

 

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